ドヰ手芸
 会社情報・会社の沿革

 会社情報



 会社の沿革

創業〜第2次世界大戦
大正7年7月7日に土井儀一郎がこの地で糸の卸問屋として創業致しました。
阪神間から九州に至るまで、各地の小売店に和洋裁用品を卸すことから開始した当社は、次第に手芸品を扱うようになりました。今とはちがって、手芸メーカーなど全く無かった時代でしたので、「企画」「製造」「講習」「販売」をすべて社内で行なっていました。
残念ながら昭和20年の神戸大空襲によって、建物商品等すべて焼失してしまいました。

戦後〜市街地再開発
戦後間もなく営業を再開した当社は、教育の多様化の中で、全国の学校に家庭科教材を届ける通信販売と、当社が開発した各種手芸品の卸売りを2本柱に、独自の活動を展開しました。
当社刊行の通販カタログ「手芸の泉」は、各地の学校や小売店に届けられ、戦後文化の復興の一翼を担いました。
(カタログの題字は、大原かつ先生です)
さて、当社の位置する三宮センター街は、昭和30年代前半までは人通りの少ない道でしたが、神戸市役所の三宮への移転を機にセンター街の人通りが増え、問屋が営業するには似つかわしくない場所になってきました。一方、高度経済成長の中、三宮地区も市街地再開発が行なわれることになり、当社の社屋も近隣と協同で大きな商業ビルに建て代えることになりました。
当社2代目社長土井良三は、これを期して従来の問屋業中心の営業から小売業中心の活動に切り替えました。


市街地再開発〜阪神大震災
昭和44年にオープンした当社の新店舗は業界に衝撃を与えました。当時これほどの規模を持つ手芸店は日本には存在しなかったからです。
また、前身が問屋ですから、メーカー各社とのパイプも太く、お客様とメーカーをつなぐ重要な接点にもなりました。

昭和51年には手編み毛糸売り場を拡張し、刺繍・手編み・洋裁・手芸を総合的に扱う日本の代表的手芸店になりました。
家具調の棚を配し落ち着いた雰囲気の毛糸売り場は、クリスマスプレゼントを編む手編みファンの支持を受け、NHKの朝の連続ドラマにも登場しました。

阪神大震災〜インターネット
平成7年1月の震災による建物崩壊のため一時休業せざるを得ない状況になりましたが、半年後の平成7年7月7日、当社創業77周年の記念日に営業を再開し、仮設建物にて三宮センター街で営業を続けました。
震災の情報伝達を契機にインターネットが急速に拡大し始めた中、当社は早期からインターネットによる交流に取り組みました。doishugei.com の開設は1996年10月18日です。


新店舗完成

平成11年4月、震災後4年余を経て、ようやく新建物の建築を開始する事が出来ました。
平成11年11月11日 新店舗が完成いたしました。

建物外観 1階売り場

石造りの外観と木調内装を融合させた欧風建物で、1階に刺繍・手芸・裁縫用品、地下に手編み商品を配しました。
( 設計 黒田建築設計事務所  施工 イチケン  内装 船場 )


 2階 刺繍売場拡充
平成13年、未使用であった2階を刺繍材料の単独売場としました。専門性が深く国際的に遜色のないその売場には、多くの刺繍ファンと同時に、フランスDMC社を始め世界中の刺繍メーカー・デザイナーの来訪も続いています。

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Last updated on 2004/4/23
Doishugeihin Co., Ltd.